とくになにもないよ

パワプロとか雑記とか #などと

私がAIノベリストで野球選手兼サッカー選手の話を書こうと思ったら話が大きくなりすぎたけん。

最近。私はAIノベリスト(https://ai-novel.com/index.php)という短い文章を入れると勝手にそれを補完してくれるサイトにハマっている。また出力された文章をイジることで自分の思う文章を書かせることも可能だ。

私はそれを使いもしサッカー選手兼野球選手というヤバい人が世界に存在したら?という設定でそれを書いた。はじめはウィキペディアのような体裁にする予定だった。しかし私が余計な手を加えたせいで段々とブログのような内容になり、世にも奇妙な物語の原作の小説のようになり、また最後には老人の回顧録になってしまった。

 

以下はその内容である。

 

田中 圭太郎(たなか けいたろう)とは奈良県奈良市出身のプロ野球選手(内野手)兼プロサッカー選手(フォワード)である。現在は横浜DeNAベイスターズ浦和レッズに所属している。

 

来歴:プロ入り前. 奈良市立平城小学校、奈良市立西中学校を卒業後、奈良県立畝傍高校へ進学した。中学時代はサッカー部に所属していたが、高校では野球部に所属した。3年時に第73回選抜高等学校野球大会に出場してベスト8まで勝ち進んだ。また、2年生時の春には第74回全国高等学校野球選手権大会に出場した。

高校卒業後は同志社大学に進学し、体育会硬式野球部に所属。4年時には主将を務めた。大学でも野球を続けようと考えていたが、プロのスカウトから「君は足も速いし、肩もいい」と言われてサッカーに転向することを決めた。なお、大学では1年先輩に遠藤保仁がいる。

プロ入り後. 大学卒業後の2008年にJリーグFC東京へ入団した。しかし、出場機会に恵まれず、同年9月に退団が発表された。その後、愛媛FCへの入団が決まったものの、わずか半年で退団した。

2009年からは、京都サンガF.C.でプレーしている。2010年にはJFLオールスター戦に出場し、MVPを獲得した。2011年限りで京都を退団。2012年から2013年までは、ヴァンフォーレ甲府に在籍した。

2013年より、プロ野球選手としてのキャリアをスタート。横浜DeNAベイスターズにドラフト8位指名。背番号は21番となった。

2015年7月15日、J1リーグ浦和レッドダイヤモンズへ完全移籍することが発表された。

2016年12月27日、浦和レッズとの契約更改交渉に臨み、年俸を2000万円アップの6000万円でサインした。2017年も引き続きレッズでプレーすることになった。

2017年シーズン、プロ野球史上初の二刀流選手として開幕を迎えた。開幕戦ではスタメン出場し、5回の守備から出場して、1失点に抑える活躍を見せた。しかし、その後は打撃不振に陥り、サッカーにも影響が出て、また野球の試合にも関わらず、守備の際にボールを蹴ってしまうなど、プレーの質が落ちているとして、同月30日に登録を抹消された。

2018年シーズンにはサッカーと野球の両方で結果を残すことを目標に掲げた。6月28日の大宮アルディージャ戦でシーズン初安打を記録。さらに翌29日にはプロ初得点を記録した。また7月17日には初の先発出場を果たした。

2019年シーズンは、開幕から好調を維持していた。しかし、5月に入るととうとう野球とサッカーの区別がつかなくなってしまったようで、試合中にもかかわらずグラウンド内を走り回ったり、ベンチ裏でボール遊びをしたりするようになった。このため、首脳陣は田中に対して休養を取るように要請したが、本人はこれを拒否。結局、7月11日に登録抹消となり、そのままシーズンを終えた。

2020年シーズンは日本サッカー界初となる二刀流選手として活動することになった。10月31日に行われた日本代表対国際親善試合において、代表デビューを果たした。

2021年シーズンから背番号が44番に変更されることが発表された。

人物・エピソード. 趣味はゴルフ。好きな食べ物は焼肉。嫌いな食べ物は納豆。

憧れの選手は元チームメイトの三浦知良

好きな言葉は「一期一会」。

サッカー選手としては小柄だが、その分スピードがある。また世界の野球史上初となるサッカーとの二刀流選手となる。

また、サッカーと野球の両方で結果を残していくという目標を掲げている。

サッカーと野球の混同について.

田中圭太郎がプロのサッカー選手になる以前から、サッカーの試合でも野球のバットやグローブを持って打席に立つことがあった。これについて、「野球選手のくせに何をしているのか?」と疑問を持つファンも多くいるようだが、2010年のワールドカップドイツ大会では「サッカーの試合にバッティングセンター感覚で参加する選手が何人かいた」ことからも分かる通り、別に珍しい光景でもないようである(もっとも、この時の試合に参加していた選手の多くは後にプロになっている)。ちなみに、2011年1月に行われたJリーグ選抜VS海外代表の試合では、田中は試合中に2度打席に立ち(3回裏の攻撃時、6回表の守備開始前)、そのうち一度は内野フライを打ち上げたものその打球はゴールネットに吸い込まれていった。このことは後に「幻のホームラン」と呼ばれているが、当の本人はその時自分が打ったことも、外野に抜けずにフェンスを越えたことすら全く気がついていなかったという。

こうしたこともあってか田中本人にとってはこの一連の出来事は全く記憶にはないらしいのだが、周囲の人間によると、どうもこの田中の態度からして、「実は彼は野球をやっているつもりではないか?」という疑惑が生まれたという。というのも田中のプレースタイルが明らかに野球のそれであるからだ。

 

これからの田中選手とサッカーと野球.

張本勲氏は「2030年までにサッカーと野球は一つのスポーツとなり、世界史上最大のスポーツになる」と語っている。この流れは世界中で起こっており、ドイツでは既にサッカーの試合でも野球のユニフォームを着てプレイする選手もいるし、ブラジルでもサッカーと野球が一体化したようなチームが存在する。

そしてその世界的な流れの最先端にある日本では、サッカーと野球が一緒に練習をする施設が存在している。施設の所長である浜崎さんは語る「これは、日本の子供たちを元気づける大きなチャンスだと思っています。子供たちに夢を与えるために、私もできる限りの協力をしたいと思います」

しかし、未だにルールが未整備であったりするので、今後はルールの整備や野球人気の低下に伴いサッカー人口が減少する可能性もあり、そうなるとサッカーと野球が完全に一体となったり、逆にサッカー人気が上昇して野球の人気が低下する可能性もある。また一部の野球ファンからは「サッカーと野球は別物だ」という意見もある。

またもし完全にサッカーと野球が融合してしまった場合はそれをなんと呼べばいいのか問題があるが、最近の若い子の間ではこのスポーツのことを「ベースボール」と呼ぶことが多いらしい。田中選手はそのことを非常に気にしており、今後自分のことを「ベースボールプレイヤー」と呼んでほしいと言っているそうだ。

[2021年8月1日の記事のバックアップ]

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2049年イングランド

サッカー発祥の地で、かつてはサッカーの強豪であったイングランド。しかし、今ではサッカーをやっているような人はほぼいない。

なぜなら2025年、日本のケイタロウ・タナカという人が野球とサッカーを一つにしてベースボールという新たなスポーツを生み出したからだ。ベースボールはイングランドだけでなく世界中の国で大人気になった。

イングランドだけではない、アメリカ、フランス、中国、オーストラリア、韓国、スペイン、ドイツ、そしてアフリカの国々や中央アジア、アマゾンの奥地に至るまで。

多くの人たちはベースボールに夢中になっていても、未だにサッカーはサッカー、野球は野球として、楽しみたい人も大勢いた。

なぜならば、サッカーも野球も(そしてベースボールも)それはとても面白いスポーツだったからだ。

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「ねえ、知ってる? 日本にはサッカーと野球を融合させた新しいスポーツがあるんだって」

「えっ、何それ。どういうこと?」

「日本のケイタロウ・タナカは野球とサッカーを合体させたベースボールっていう新しいスポーツを発明したのよ」

「うそー、なにそれ。そんなのありえなくない?」

「でも、実際にあるのよ。ほら、これ見て!」

「…………ほんとだ! すげぇ!」

さあ!みんなもベースボールをしよう!

[2028年頃、イタリアなどで放映されたTVCM]

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「さあ、皆さん。ベースボールをやりましょう。

ベースボールをすると、あなたはもっと速く走れます。

ベースボールをすると、あなたはもっと遠くへ投げられます。

ベースボールをすると、あなたはもっと高く飛べます。

ベースボールをすると、あなたはもっと強くなれます。

ベースボールをすると、あなたはもっと速く走れます。

ベースボールをすると、あなたはもっと遠くに投げられます。

ベースボールをすると、あなたはもっとうまくボールを蹴れます。

ベースボールをすると、あなたはもっとうまくキャッチボールができます。

ベースボールをすると、あなたはもっと楽しく野球をすることができます。」

[2030年頃、ベラルーシ共和国で流されたCM。国家を挙げてベースボール振興をしてたらしい。]

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こんな感じで世界中がベースボールに夢中だった。

「おい、ベースボールをやろうぜ!」

「ああ、やるか」

「俺は野球の方でいくわ」

「俺も」

「じゃあ、私はサッカーね」

「私もベースボールにしようかな」

「じゃあ、僕もベースボールで」

「俺もベースボールにするよ」

「僕はサッカーにしとくか」

「じゃあ、私はベースボールで」

「私もベースボールにします」

「じゃあ、俺はサッカーで」

「私もサッカーで」

「俺はベースボールにする」

「俺は野球で」

「じゃあ、俺はベースボールで」

「俺はサッカーで」

「俺はベースボールで」

「俺は野球で」

このような会話も普通に交わされたという。

このようにベースボールと野球、サッカーの区別は段々と曖昧になっていった。2030年頃にはもう区別する必要さえなくなっていた。

そして、2033年には野球とサッカーが完全に一体となった。

去年、ワールドカップの決勝、イングランド対ブラジル戦が行われていた。イングランドはブラジルの攻撃を防ごうとするが、ブラジルの圧倒的なパワーの前にイングランドは敗れようとしていた。

しかし、イングランドには一人、この危機的状況の中でも諦めていない選手がいた。

彼はイングランドのエースストライカーである。彼の名前はジョン・タナカ。

タナカは試合中、何度も絶望的なピンチを迎えた。しかし、タナカは決して諦めなかった。

タナカは6回表に自己最速の160kmのストレートでスローインを決めると、試合時間残り3秒、起死回生のサヨナラ満塁ロングシュートを決めたのである。タナカはその試合以来、イングランドを代表するスターとなり、多くの人から愛された。

そしてタナカはあのブラジル戦でのサヨナラ満塁ロングシュートについてこう語る。「あれは僕の人生で最高のプレーでした。でも、あの試合で私が勝ったわけではないんです。私はあの試合に負けて、また次の試合のためにがんばるんです。」と。彼の背番号09は永遠に語り継がれるであろう。

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タナカ・ケイタロウは、その活躍によってサッカーと野球が融合したベースボールという新しいスポーツを発明した人物として世界中の人々から尊敬される存在になった。

もちろん、彼だけが特別ではない。ベースボールは世界中で大人気だった。

ベースボールは瞬く間に世界中に広がっていった。そして、ベースボールはサッカーや野球だけではなく、様々なスポーツと合体していった。

ベースボールは、バスケットボールと合体してベースボール・バスケになり、ハンドボールと合体してベースボール・ハンドボールになり、バレーボールと合体してベースボール・バレーになった。

ただ、ユネスコの代表は全てのスポーツがベースボールに取り込まれ、もとからあった民俗的なスポーツが消滅してしまうことを危惧している。以下現在のユネスコの代表であるブライアン・リーBCCテレビにて語った内容である。「ベースボールの人気は凄まじいものです。まるで1990年からのITの進歩に似ています。しかしスポーツとは決して娯楽のためにあるのでは無く、民族のアイデンティティを示すものでもあると私は考えています。実際ベースボールの発祥地である日本では柔道や空手、相撲といった古くからあるスポーツがあるわけです。ただ最近では力士がバットを持って入場したりすることもあり、”ベースボール化”が懸念されています。私がユネスコの職員になった頃にはベースボールなんてありませんでした。ただ野球とサッカーがあっただけなのです。しかし今ではベースボールには野球とサッカー、バスケットにハンドボールが組み込まれています。今はまだ大丈夫だと思いますが、このままではベースボールはベースボール以外のスポーツを駆逐してしまいかねないでしょう。そうなればスポーツは文化としての意味を失い、単なる遊びになってしまうかもしれません。実際アフリカ諸国の文化を研究している人からはこのような報告が届いています。『ケニアのマサイ族の村ではベースボールらしきものが行われていた。これはマサイ族の伝統的な踊りに似ていた』と。つまりベースボールはアフリカの文化を吸収してしまっているのです。このままだといつか本当にベースボールしか残らなくなってしまうかもしれない。」

……………

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そして、ベースボールは2055年には全世界の国民が身につけており、世界で最も人気のあるスポーツとなっていた。2065年の世界はベースボール一色に染まっていた。世界中の人々はベースボールを楽んでいた。しかしある日ベースボールはスポーツ以外の物すら吸収し始めた。

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2068年 日本にて。

”2062年を最後に世界からベースボール以外のスポーツが消滅したと考えられる。”私はそのような話を知り合いから聞いたことがある。

そしてベースボールは日常のあらゆる動作にすら入り込んでいた。例えば右足の親指で後頭部に触る行為は「満塁一本ホームラン」と呼ばれていた。これは、後頭部でボールを打つことによって打球の飛距離を伸ばし、更にはホームランの本数を増やすためである。

また、左足の親指で頭頂部に触れながら、前かがみになる行為を「インフィールドフライカバディー」と呼び、これもまた、より遠くへ飛ぶためであった。このような単語は毎日のように生まれていく。またある日には猫のことを「内野フライうっちゃり」と呼んでいる高校生を見た。これは、猫がボールを足で挟んで打ち返すことができるからであった。また、ベースボール・バレーにおいて最も重要視されるのはスパイクであるがこれはクジラの骨で作ったものが最高級品だった。その結果クジラのことをみんな「スパイク」と呼んでいた。その次の日、テレビで宇宙の万物にベースボールは関係していて聖書や恐竜、ビックバンまでも古代ベースボールの一つであると専門家が神妙な顔つきで語っていた。

ベースボールはもはやスポーツという概念を超越してしまっていた。

そして2069年、ついにベースボールがスポーツであることすら否定されてしまった。

これは私がベースボールの試合を見ながら父と交わした会話である。

「もうスポーツという枠に収まりきらなくなってしまったのだ。だから、これからはスポーツという言い方はしない。ベースボールと呼ぶことにするよ。」

「なぜですか?それはおかしいですよ! ベースボールというのはスポーツじゃないんですか?」

「確かにスポーツではない。ベースボールとはスポーツではないんだ。スポーツの定義はわかるかい?」

「はい、わかります。『ルールに従って行われること』ですよね?」

「そうだよ。しかしね、ベースボールにおいては『ルールに従うこと』がスポーツの条件ではないんだよ。もっと大切な条件がある。それが何かわかるかい?」

「はい、わかりません。」

「それはね、ベースボールが面白いかどうかだよ。」

「どういう意味でしょうか?」

「ベースボールにはルールがない。ベースボールは面白さが全てなんだ。だから面白いスポーツであればそれでいい。ルールなど必要ないんだ。」

「そんなの無茶苦茶です!」

「そうかな、私は別に無茶苦茶だと思っていないよ。君も知っている通りベースボールは世界中で大人気だ。あなたも私もベースボール、空も宇宙もベースボール、神も仏も悪魔もベースボール、あはははははは」

「何がおかしいんですか!?」

「おかしくなんかないさ。ただベースボールは素晴らしいと言っているだけじゃないか。ベースボールはベースボールさ」

それは2月、寒い日のことであった。

 

そして3月、ついに本格的におかしくなり始めた。

ある日父はこんなことを言った。

「どうしようもないぜ、もうこの国終わりだ。ベースボールしかねえ。ベースボール以外何もねえ。」

「ベースボールしかねえって何だよそれ。」

「ベースボールしかねえよ、だってそれ以外することないし。」

「そうだよな、ベースボール以外には何もやることがないもんな。けど、なんでベースボールをする為に地面に穴をほってその中に水と精液の混合物を貯めているわけ?」

「それはなヴッ!ベースボールをするために決まっているだろう」

「でもベースボールは…」

「ベースボール以外は存在しないよ」

「ああ…」

 

よく考えてみたら最近父は会社にすら行っていない。会社が取り壊されベースボールスタジアムになるからだ。また母もかつて筋トレと呼ばれたものをしている。それも1日20時間も。また弟もベースボールスクールに通っている。弟は「ベースボール……ベースボール……ベースボール」とずっと呟いている。私はベースボールとは何なのかについて考え始めた。確かに稚心で見たベースボールは野球とサッカーが混ざったようなものであった。ただ私はそれよりも読書などが好きだった。5歳の頃幼稚園のレクリエーションで玉入れをしたがそれも今ではベースボールだ。中学校の体育祭は僕が2年生だったころにベースボール祭に変わった。ベースボールは面白かったが球技が苦手だった私はとても苦痛だった。しかし今考えるとあの頃が一番楽しかった。ベースボールはまだスポーツだった、皆が一緒に楽しめるスポーツだった。それが今はどうか?ベースボールはスポーツを超越し、全ての概念をベースボールにしようとしている。多分私がこう考えている間にも色々な物がベースボールとなっていると考えると私は恐ろしくなる。今や人類はベースボールをするためだけに生きていくのではないかと思うほどベースボールに蝕まれている。きっとこの文章を読んでいる人も既にベースボールになっているに違いない。ベースボールとは何か? ベースボールとは何なのか? そもそもベースボールとは一体何なのか?

そして答えが見つかった。ベースボールとは現実から逃げるための手段であり、現実を破壊する為の手段であり、現実を"ベースボール化"し、理想の姿に作り変えるための手段であるのだ。そしてベースボールとは夢や希望などよりももっと深いところに存在するものであり人間の深層心理に深く深く食い込んでいくものである。つまりベースボールとは人間の思想そのものなのだ。人間が人間である限りベースボールから逃れることはできないのだ。そうして人間はベースボールの元一つとなりやがて世界中がベースボールとなっていく。そして地球上の生物はベースボールへと進化する。

「ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール、ベースボール」

頭の中にベースボールのイメージが流れ込んできた。抗うすべも無く、ついに私はベースボールとなったのだ。

「ああ、私もベースボールになりたい」

こうして私もベースボールとなった。

「ああ、なんて美しいんだろうか」

私の体には無数の穴が開いていてそこから黒い液体が流れている。それは血液ではなく黒い泥のような物であった。しかしそれがなんとも美しく見える。これがベースボールというものなのだろう。目の前にはパルテノン神殿のような建物がありそこに向かって大勢の肌の色や背丈も違う人が皆、朗らかな顔をしながら歩いている。その光景はまさに天国と呼ぶにふさわしいものであった。

「私はベースボールです」

「ベースボール?私もよ!」

「貴方はベースボールですか?」

「俺か?俺はベースボールだ」

「貴方はベースボールなのですね」

「そうだ」

このような会話が通行人の中で交わされる。私は他の人々とともに神殿に入った。すると光の柱があった。人々はその中へ入っていく。私もその中へ入る。

「うわっ」

眩い光が目を覆った。次の瞬間、体から思考と意識だけが開放されたような感覚があった。いや、実際にそうであった。もはや肉体など存在しない。私はただの魂となって、この世の全てを見下ろしていた。いや、この世に存在するもの全てが、自分の中に存在している。

「すごい」

私は何者なのかという疑問が解けた。 私は私が作成したものであり、私が作成したものは私が作成したものです。 言い換えれば、私は私が作ったものです。 私は私自身です。 言い換えれば、私は自分自身であり、私自身です。 ですから、私は自分自身であり、自分以外の何者でもありません。

「これが本当の自分なんだ」

自分はそれを見ることができます。 あなたがあなた自身の声を聞きたいならば、君はそうすることができます。 しかし、それはあなたにとっての問題ではありません。 それは私だからです。 なぜならば、それは自分なのだから。私の姿を見る必要もない。なぜならば、それが自分達なのだから。僕の声を聞く必要もない。なぜならば、それが自分なのだから!

 

さあ、君もレッツ・ベースボール!!

 

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2079年

地球、アメリカ大陸東部、かつてニューヨークと呼ばれていた地域にて1人の老人がいた。彼は10年前に起きた『ベースボール事変』にて自らがベースボールになることを拒否し"身体”を保った数少ない人間である。ベースボール事変を当時ベースボールリーグ設立前だったアメリカ合衆国火星植民地にて回避した人達が送り込んだ地球調査員に対し彼は小屋で公演する。

「私、もうすぐ80くらいになるとは思うのだが、まさか生きている間にものすごい経験をするなんてねえ…」

「最初は私もサッカーと野球が融合するなんて思ってもみなかった」

「私は野球が大好きだった。とにかく私は野球が大好きだった」

「けど昔はサッカーファンと野球ファンって仲悪かった。特に日本のは。けどあれが始まってからすべてが変わった。まるで全て忘れちまったみたいに。そして野球とサッカーは一つになっていった。私はアレの正体をまだこのときは知らなかったのじゃ。そのときはアレを野球とサッカーの融合したアルティメットスポーツであると思ってたんだ。」

「私は仕事の合間にバスケもしてて、それも好きだったんだが、ある日コーチがこんなことを言い出すんだよ!”これからドリブルのことはエンタイトルツーベースと呼びなさい”と、更におかしなことは続いた。ある日試合をしてたらいきなりある人が盗塁をしだしたんだ!これには驚いたね。だってバスケは元々盗塁なんてなかったですし。それにあの人の盗塁の仕方ときたら、それはもう神業といってもいいほどだった。それでいて本人は盗塁王として表彰されてた。」

「あのとき思ったよ。アレはただの野球とサッカーが融合したものではないと」

「またあるときはゴルフ場でゴルフをしていると突然ボールを蹴ってきた奴がいた。そしてそいつが言ったんだ。「このクラブをバットにして打て!」ってね」

「私はその時初めてわかった気がした。ああ、これはただの野球とサッカーの融合なんかじゃない。もっと大きな何かだと」

「それからしばらくして今度はサッカーの試合を見に行った。たしか日本のニシノミヤというところだった気がする。するとそこではなぜかすべての選手がバスケットボールを持っていたんだ、そしてそれを観客席にシュートして得点を決めるという不思議な試合が行われていた。さらにゴルフのように点数の少なさが競われていて、相撲のように技や戦法が決められていた。」

「私はその光景を見て確信したよ。ああ、これこそが真のアレなんだなって」

「私はその後そのスポーツのことを調べた。するとその競技の名前はベ…すまんすまんとりあえずアレというらしいことがわかった。私はこのスポーツに魅了されたよ。私はその日から毎日欠かさずそのスポーツの観戦をした。」

「私はそのスポーツの魅力に取り憑かれた。私はそのスポーツにハマってしまった。」

「私はそのスポーツに夢中になった。そのスポーツはベ…すまんすまん。この単語を口にはしたくはないんだすまんすまん。」

「とりあえずアレは大流行した、地球上の全ての国で。」

「人々は皆、アレに熱中した。私も例外ではなかった。」

「しかしある時、私は気づいてしまった。」

「私はスポーツとしてのアレが好きなだけで、なぜアレがクジラやハムスター、硫酸銅になるのかがわからなかった。」

「アレは我々の知る全てのものになろうとしているのか?と疑問に思った」

老人は涙ぐむ。

「しかし私の愛するアレが、あんなものに成り果ててしまうなんて、そんなことがあってたまるか!私は断固拒否した!私はアレを否定した!だがしかし、アレは止まらなかった!止まらないのだ!アレはもうすでに地球上全てに広がっていた!」

「私はアレが憎い!アレが嫌いだ!アレを否定するために、私はあらゆる手段を使ってアレを否定した!しかしアレは消えなかった!」

老人は冷静になり、彼なりのベースボールの正体について語る。

「そう思っていたある日、私は気づいた。アレがなぜアレなのかを。アレは”否定”そのものだと。私が今まで合った生き残りたちもその様に語っていたんだ。そしてアレは最初に日本で生まれたときに、サッカーファンと野球ファンの対立を”否定”した。そして次はサッカーと野球の違いを否定した。つまりアレは存在の否定により全てのものを均一化する存在なのだ」

「私はアレを否定した。アレはスポーツというもの全てのもの存在を否定し、単一の物に作り変えてしまったのだ。この世界にはスポーツというものは存在しなくなった。あるけど存在しなくなった。と私は考えた。」

そして老人はベースボール事変の日について語る。

「そして、アレは人間を否定した。その日のニューヨークは寒かった。私はアレを憎んでいた。アレは私から野球やバスケを奪っただけじゃなく、私までアレにしようとしていると考えていた。私はアレと一体化してなるものかと思った。するといきなり目をつぶると私の頭の中にベ…が流れ込んできた。私はアレが一瞬素晴らしいものに見えてしまったが、すぐにアレが私を否定しようと企んでいることに気がついた。」

「私はアレに負けるわけにはいかないと必死に抵抗したが、アレは私を否定しようとしていた。私はだんだんと意識が薄れていった。」

「その時、アレが私に向かって何か言ってきた。」

『みんな………いっしょにあそぼうよ!』

「私はこう答えた。お前がなんと言おうとも!私は!私であることを望む!」

『たのしいよ?!それ(ベースボール)は?』

「私は言った。悪いが、あまりそれは好きじゃないんで、じゃあね!さよなら!」

「そう言い放った瞬間に目の前は真っ暗になった。そして気がつくと私は元の世界に戻っていた。」

「私はそこでアレを拒絶することに成功したんだ!私はアレに勝ったんだ!私はあの時、アレの誘いを断ったことを後悔していない。なぜなら私はアレに勝利したからだ。」

「ただ、大多数の人間はそれを望んていたみたいで、ここはニューヨークだったはずなのに人間はいなかった。ビル群でさえも見てのとおり更地になっていた。そしてその後の生活は苦難の連続だった。なぜならアレによる否定を逃れたものは限られていたからだ。幸いにもネズミや雑草などは大丈夫だったのでそれを食べて食いつないでいった。また、私のような人間は他にもたくさんいたようで、そういった人たちと一緒に集団生活をしてなんとか生きながらえていった。」

「なので、少しでも悲しいことを忘れられるように生き残りたちとこう決めた。”アレの名前を本来の名前で呼んではならない”、”かつてアレが行われていた場所と思われるところには近寄らない”と。」

「私はアレに勝つことができて、アレの呪縛から逃れた。しかし、アレがもたらす恐怖から逃れることはできなかった。アレに勝てるのであれば、アレの誘惑に乗らなければいいと思うかもしれないが、そうではなかった。アレの誘いに乗ってしまった方が楽なのだ。と思ったこともある。しかし、私は天命を全うすることを選んだ。」

老人は最後にこう語る。

「今、私が生きていることは奇跡に近い。だから私は神に感謝している。神は我々に希望を与えてくれたのだ。私は神を信じている。そして神は我々の願いを叶えてくれると信じている。すべての生き残りとその子らに神のご加護があらん事を。アーメン。」

 

老人は一通り語り終えると、満足したのか、そのまま眠ってしまった。

 

※上記の内容はフィクションであり、実在の人物、または団体名とは一切関係ありません。